
最近では街中に数多くのマッサージのお店を見かけるようになり、おしゃれで気軽に安心して入れるような施設もたいへん増えてまいりました。
特にここ恵比寿は東京都内でも有数のマッサージ激戦区となっており、数多くのお店がひしめき合い高いレベルで切磋琢磨し合っております。
その中でも私ども「ほがらかな治療院」が特に支持されておりますのには明確な理由がございまして、 それは施術担当スタッフが全員、国家資格者であることにあります。
ご存じない方も多いので簡単に説明させていただきますと 、実はマッサージや指圧を行うには厚生労働省の指定した専門学校に3ヵ年間通い、必要な単位をすべて修めた後に国家試験を受けることとなります。
つまりマッサージ師や指圧師はれっきとした医療資格なのです。
しかし残念ながらなかには数週間の研修を受けただけで、マッサージを行わせてしまうような業者さんの存在があります。 職業選択の自由を盾に取り、専門知識のない無資格のまま営業しているようです。
事故でも起こさない限り、取り締まられることもないのが現状のようです。
施術所選びは慎重になさるほうが賢明でしょう。
ほがらかな治療院のマッサージは、指圧や按摩・整体などの様々な技術を組み合わせ、 患者さんのその時の体調に合わせながら臨機応変に進められてゆきます。押す強さなどは加減を伺いながらこまめに調整させていただいております。
基本的な考え方は私どもの価値観を一方的に押し付けるのではなく、まず私どもでご提案させていただき、 お客様のご要望とすり合わせながら共同で進めていくようにしております。
ただし専門職としての責任もございますので、いくらご要望がありましても私どもの方で危険であると判断した場合には、 申し出をお断りし別の選択肢をご提案させていただく場合もございます。あらかじめご承知おきください。
妊娠中を理由に施術を断られてしまい、お困りであるとの声をよくうかがいますが、 当治療院では妊娠中の方への治療も積極的に行っております。正確な知識と訓練された技術により自信を持って対応させていただいております。
そもそもお薬などが簡単に使えないようなこの時期にこそ、身体に優しい伝統療法の出番だとさえ思っているくらいです。
私どものマッサージはリラクゼーションから本格療法まで、幅広く柔軟に対応しております。
「手当て」という言葉があるように、古くから治療の基本はまず手で触れることから始まります。 器具などを使用せず素手のみで施術して行く治療法を手技療法といいます。
せっかくなのでマッサージや整体などの手技療法の種類や歴史について、少しお勉強してみましょう。
ここでは代表的なものだけをいくつか取り上げてみましたが、日本国内ではまだ国による正式な資格制度が整っていないものも含まれております。 またなかには当治療院では取り扱っていないものもありますが、せっかくなので小さなことは言わず、大きな視点でご紹介させていただきます。
マッサージ(massage)の語源はアラビア語の「マス(やわらげる)」、ギリシャ語の「マッシー( 揉む )」、 フランス語の「アジ(操作する)」から来ている造語のようです。
マッサージは古代から行われていた自然療法で、その起源は定かではありませんが 紀元前数百年の頃からすでにギリシャやローマ、アラビアなどで盛んに行われていたといわれております。
紀元前5世紀頃のギリシャの医聖ヒポクラテスは「およそ医師たるものは、一般医術に関する学理はもちろんであるが、 マッサージをも習得しなければならない。」と力説したといわれています。また同じくギリシャの医師アスクレピアデスは 「マッサージを適当に施せば、体液の流通を促進し、軽いマッサージは睡眠を促す。」と言って大いに用いたそうです。
古代ローマの将軍ジュリアス・シーザーは常に激烈な神経痛に悩まされており、マッサージを受けながら激務に耐えていたという話もあります。
しかしこのように盛んに行われていたマッサージも、その後長い間研究が絶え、医療界からの関心が薄くなり、わずかに民間療法として残る程度となりました。
16世紀の後期にフランスの医師アムグロアス・バレーが、長期にわたる病床患者に対しマッサージを行った結果、 効果があることの実例を示し、専門的なマッサージの術式とその研究を詳しく述べ、必要性を強く主張して以降、再びマッサージに対する関心が高まりました。
17〜18世紀にかけて解剖学や生理学の発達とともに、基礎理論に基づくマッサージの技術研究が盛んに行われるようになりました。
19世紀になるとスウェーデンのバー・ヘンリンク・リンクが、保健衛生上から体操法の重要性を説き、 現在の様々なマッサージの基礎を確立したことにより、ヨーロッパの各地にマッサージが広まることになり、その後マッサージ専門の職人が現れるようになりました。
日本においては1885年(明治18年)に陸軍軍医総監で我が国の初代赤十字病院長であった橋本乗晃が、 ヨーロッパ各地を視察した際にマッサージの状況を見聞し、さらにマッサージに関する書物を持ち帰り、部下である陸軍軍医監の長瀬時衡に紹介しました。
その後国内においても熱心な研究がすすめられ、その著しい治療効果が認められ、広く医学界に発表され普及されました。
この頃は何でも西洋のものが優れていると思われた時代でもあり、古来から日本にあった按摩は保健的な方面に押しやられ、ヨーロッパから輸入されたマッサージが主として医療的な方面に用いられるようになりました。
このことにより当時の按摩術の業界の指導者たちは、マッサージの学理と実技の研修に努め、今までの按摩法と西洋のマッサージを統合してしまい、 それぞれの長所を取り入れたこれまでヨーロッパのマッサージにはなかった日本独特の手技を作り上げてしまいました。
そのため最近では按摩や指圧などとわざわざ呼び分けずに、ふくめてマッサージと呼称することも多くなってきたのです。
しかしこのマッサージ優勢の流れも、近年においてはリハビリテーション医学の発展に伴い、 とくに病院内においてマッサージの価値観が薄れ、運動療法を主体とした理学療法が主流となってまいりました。
西洋医学中心の病院内でのマッサージの立場は、次第に脇役となってきているようです。
按摩(あんま)の語源は「抑按調摩(よくあんちょうま)」から来ています。抑按調摩とは「押す(按)ことにより機能を抑制し、 なでる(摩)ことによって機能を整える。」という意味があります。つまり「按」は「押す」という意味で、「摩」は「なでる」のことなのです。
按摩の起源は定かではなく、先史時代より打撲や疼痛などの患部に対し、 無意識に手を当て擦ったり押さえたりして苦痛を和らげようとしていたことが始まりではないかといわれています。 最初はとても原始的な本能的治療から、時間とともに工夫を重ねるうちに様々な手技が発生したのではないかと考えられます。
紀元前に書かれた「黄帝内経」にはすでに按摩の記述があり、唐の時代(618〜904年)には按摩博士・按摩師・按摩生という官職が存在していました。 その当時は現在のような按摩と整骨術を合わせたようなものであったといわれております。 その後明の時代(1368〜1606年)以降の中国では、按摩から発展した推拿(すいな)が多く使われるようになりました。
日本には遣隋使や遣唐使により仏教などとともに伝えられました。 中国にならい文武天皇の大宝令には、宮内省典薬寮に按摩博士・按摩師・按摩生という官職が置かれていました。
按摩の歴史で面白いのは、日本ではなぜか視覚障害者の職業として定着していったことです。映画の座頭市も盲人の按摩師さんでしたね。
現在では按摩という言葉のイメージが、視覚障害者の方が行う治療の印象が強いために、 按摩術を取り入れていても看板にはマッサージと表記されることが多くなりました。
明治時代になると日本に古くから伝えられてきた按摩や導引・活法などの治療法に加えて、 ヨーロッパから伝わったマッサージや、アメリカから伝わったカイロプラティックやオステオパシーなどの新しい治療法が流入し、 それらが混ざり合い、新しい独自の治療法が何百と誕生しました。指圧もそんな中から誕生した手技療法の一つです。
現在では日本独自の手技療法として、英語でも「Shiatsu」と呼ばれ海外にも広まりつつあるようです。
柔道整復は整骨院や接骨院で行われている、骨折・脱臼・捻挫などの治療法であり、 鍼灸マッサージ師と同様の柔道整復師という国家資格が必要な療法です。
その歴史は遣隋使や遣唐使により中国から伝えられた導引術の活術があります。しかし平安期以降の貴族中心の時代から武士が力を付けてきた頃より、一般民衆にも護身用の柔術が広まるようになりました。 柔術には相手を倒すための殺法と、修業中に骨折や脱臼してしまった者を助けるための活法があり、その活法が発展し現在の柔道整復の基となっているそうです。
名前に柔道が入っているのは、明治大正期の柔道整復師の法律を定める際に、柔術の流派の中でも柔道が特によく知られていたからなのだそうです。現在でも柔道整復師には柔道の有段者が多くおりますが、いきなり投げ飛ばされたりはしませんのでご安心ください。
整体は日本に古くから伝えられてきた按摩や導引・活法などの療術に、 明治大正時代にアメリカからもたらされたカイロプラティックやオステオパシーが取り入れられ、 独自の発展してきた数多くある手技療法の一つです。整体の名称は昭和19年頃に野口晴哉が数ある療術を統合し名付けました。
この流派は特に野口整体と呼ばれ、後にその弟子たちがそれぞれの流派を起こしてゆきました。
整体の定義は難しく、現在様々な流派が存在しております。 整体は国家資格ではないため、様々な民間資格が存在し、技量と知識の基準があいまいになっています。
そのため国家資格を持つマッサージ師などからは「身体の歪みを矯正するのは、マッサージ師の業務範疇のものである」と指摘も多く、 無資格での治療行為を禁止すべきとの運動も起きています。
整体師の側からも法制化による国家資格化を期待する声も出ていますが、いまだに数ある整体同士の流派間での合意が進んでいないうえに、 按摩マッサージ指圧師と業務が重複してしまう可能性があるため、なかなか整体の法制化は難しいようです。
カイロプラクティック(chiropractic)の語源は、ギリシャ語の「カイロ(手)」と「プラクティコス(技術)」から来ている造語ですが、 ギリシャで発祥したわけではありません。
アメリカのダニエル・デイビット・パルマーによって創始されたカイロプラクティックは、 難聴で苦しんでいる使用人の頚椎の一部が突出していることに着目し、これを正常な位置に矯正してみたところ、 長年の難聴が収まったことが切っ掛けだったといわれています。その後体系化され、1896年に正式な基本原理がアメリカの医学界に発表されました。
日本へは1916年に川口三郎により伝えられたといわれています。
カイロプラクティックは国連の世界保健機関(WHO)で、鍼灸とならび正式に認められた国際的なヘルスケアの一つです。
欧米を中心とした34の国と地域では、法律でその資格が保障されておりますが、日本ではまだ法制化されていないため、 無認可の民間療法の位置づけとなっております。
日本のようにまだ法律で教育水準を保証されていないような場合には、WHOや世界カイロプラクティック連合が定めた条件(最低4200時間の教育)を満たすことで、 正式なカイロプラクターとなることができるとされています。
国内のカイロプラクティック業界団体から国家資格化の要望も出ているようですが、 団体間の意思統一が上手くいってないうえに、厚生労働省の対応も消極的なようです。
一方で世界基準の資格を持つ、正規のカイロプラクターは日本国内に約600名程いるそうですが、 これは国内のカイロプラクティック業者の約5%程度とまだまだ少なく、 それ以外の大半の業者は、数ヵ月の研修や週末のセミナーなどで取得した民間資格や認定によりカイロプラクターを 名乗りカイロプラクティックを行っているのが現状のようです。
オステオパシー(osteopathy)の語源は、ギリシャ語の「オステオス(骨)」と「パシー(病理)」から作られた造語です。
アメリカの南北戦争の従軍医師だったアンドリュー・テーラー・スティル博士は、三人の子供を髄膜炎で亡くしてしまい、 このことを切っ掛けに薬を使わない新しい療法の研究を始めるようになりました。その後1874年に正式なオステオパシーが創始されました。
最初は語源からも推測されますように、骨格の矯正が治療の主体でしたが、後に改善されて行き身体全体の器官や組織も治療の対象となってきました。
アメリカでオステオパスは、すべての州で医師と同等の地位にあり、診断・外科手術・処方・投薬などの全ての医療行為を行うことができるのです。 しかし日本ではまだ法制化されていません。
日本にオステオパシーが伝わってきたのは明治の頃でしたが、「山田式整体術」として整体などの様々な療法の一部として取り込まれてしまいました。
その他にも多くの療術家達がオステオパシーに独自の手技を加えたりしたため、 影響力が大きかった割には純粋なオステオパシーとしての名称や考え方などはなかなか広まることがなく、戦後になって改めてオステオパシーが紹介されたほどでした。
リフレクソロジー(reflexology)の語源は、英語の「リフレックス(反射)」と「オロジー(〜学)」から作られた造語です。
アメリカのウィリアム・フィッツジェラルド博士が、手術中の患者さんがベッドの梁などに手足を押し付けているのを観察し研究してみたところ、 痛みを和らげる効果を発見し、1917年に「ゾーンセラピー」という本を発表しました。
その後同じくアメリカの理学療法士であるユーニス・イングハム女史がゾーンセラピーを発展させ、 足の特定部位と全身の各部位との関係を発見し1938年に「フットチャート(足裏反射区)」を発表し、リフレクソロジーが創始されました。
その後リフレクソロジーは1960年代にドリーン・ベイリー女史によりイギリスに伝えられ、 イギリスの看護師であるルナ・ターナーなどの熱心な活動により、科学的・医学的にも効果が検証され、イギリスの議会で正式な保険医療として承認されました。
さらに1970年代に布教活動のために台湾を訪れていた、スイス人宣教師のジョセフ・オイゲスター神父により広められたリフレクソロジーが、 中国をはじめアジア全体に広まっていきました。しかし神父のリフレクソロジーはどうも独学の部分もあったようで、 本来のリフレクソロジーより非常に強い刺激で行う「台湾式」というものになってしまったようです。
日本においては元JALの客室乗務員だった藤田桂子が、イギリスでの体験をもとに「英国式」としてリフレクソロジー専門の店舗を展開したことにより、 人気が高まるようになりました。
受付から施術までの一連の流れを動画と写真によりご紹介いたします。
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